Green, Forest and Nature.

WEBLOG articles by the Vice Chairperson of The Mountain Naturalist Club

富士山の樹海と大室山の天然林

山の自然学クラブでは2003年から富士山南麓の国有林内で台風の風倒被害のあったヒノキ人工林を天然の広葉樹林に復元する「富士山森林復元活動」富士山南山麓「森林復元活動」(森林ボランティア活動)の活動をしています。
活動のキャッチフレーズは「森を育てる。森の仕組みに学ぶ」。富士山の自然を満喫し、深~く学びながら活動することを目指しています。自然のなりたちを理解しながら、楽しい森づくりをしています。

富士山の樹海と大室山の天然林

富士山森林復元活動の一環として実施した現地講座(第402回講座)の報告を中心に

山の自然学クラブ・富士山の森林復元活動では、自然をより深く理解し、体験するための講座を活動と一緒に行ってきました。森林復元の目標となる、天然の森林やそこに生育する樹木、生き物やその関わり方、生態系の成り立ちなどに関する様々な観察会や講習会を行っています。
2017年8月の観察会では、富士山最大の寄生火山・大室山周辺に広がる樹海と天然林の観察会を行いました。

富士山は言うまでもなく火山列島日本の中でも有数の火山です。富士山周辺の地形や地質の観察を合わせて行うことで、地球規模~身近な事象まで、大地の営みや地史、日本列島の成り立ちや特徴を考える事ができるたいへんありがたいフィールドでもあります。火山の噴火活動の時期やその特徴、歴史は、地形や植生、さらに人の分布や生活形態、生活環境などにも大きく影響します。富士山は新しい火山であり、歴史時代の活動も活発であったことから、最近の火山活動は人々の記録にも多く残されています。富士山は山頂以外で噴火することも多く、山腹にもたくさんの噴火口が見られます。割れ目噴火も多いのですが、山の側面にできた噴火口がつくる高まりを側火山、もしくは寄生火山と呼びます。明確なもので約60個あると言われています(富士砂防工事事務所)。フィリピン海プレートからの影響を受ける富士山では、圧力が解放される北北西~南南東に多くの火口が並びます。

 天然記念物に指定されている「富士山原始林及び青木ヶ原樹海」は大室山の広葉樹林、弓射塚の針広混交林、御庭奧庭の矮性針葉樹林が広く含まれていて、それぞれの森林の姿と、標高に応じて変わっていく植生分布が見られることが特徴であるとされています(文化庁資料)。大室山の周辺には同じく天然記念物に指定されている「富士風穴」や「本栖風穴」、「大室洞穴」、「神座風穴・附・蒲鉾穴および眼鏡穴」があります。古くから利用されている精進口の登山道から近く歩道が整備されていること、車で入れる県道から比較的近いことなどからも、観察しやすい人気の観察・ハイキング場所となっています。当会では2003年の第200回記念講座を箱根~富士山で行いましたが、そのときのクライマックスとして、ここの富士風穴~青木ヶ原溶岩流上の針葉樹林(樹海)/大室山麓のイヌブナ林の見学をしました。

 県道から樹海を観察しながら歩くことができます。
 途中にある富士風穴に入ると、真夏の気温に慣れた体には寒く感じます(写真-1)。夏でも氷があるくらいですので、半袖のままで入った方はかなり寒かったのでは(笑)。溶岩流が焼いた土壌を見ることもでき、壮大な火山活動を実感できる瞬間です。
 富士山の北西麓、大室山の東側から西湖、精進湖までの広い範囲には「青木ヶ原」とよばれる有名な“樹海”が広がっています。青木ヶ原の基盤を構成するのは、貞観噴火による噴出物(玄武岩溶岩)、図-3のSd-Aog,青木ヶ原丸尾溶岩流です。

 平安時代貞観年間の西暦864~866 年に起きた噴火活動で、いくつかの割れ目火口(「下り山火口」と「石塚火口」を結ぶ火口列と「長尾山」と「氷穴火口列」を結ぶ2つの火口列、2つの火口列をあわせた全体の長さは約5,700 mにも達する(富士砂防工事事務所))から大量の溶岩流が噴出された噴火でした。図-3からは溶岩の流れが大きく広がっていることがわかります。いわゆる「青木ヶ原」と呼ばれているのはこの溶岩流の分布している場所であり「樹海」はその溶岩の上に発達した森林を表した表現です。樹海は“樹木の海”とたとえられるように、高密度で針葉樹に覆われています。たくさんの樹木が空を覆っているので、中に入ると少し暗い森だと感じます(写真-2)。森の中を歩くと、その成り立ちが観察できます。富士山中腹の森ではコケ・苔がたくさん見られますが、ここ樹海でも、溶岩の上がたくさんのコケで覆われているのがわかります。そして、小さな木はコケの中から生えてきています(写真-3)。水分を保ち、酸性の成分が日陰の育ちにくい環境でも小さい実生を守ってくれているようです。溶岩の隙間にはびっしりと樹木の根が張っています(写真-4)。辿ってみると、十数メートルも伸びているものもありました。樹木の生き様にみなさん、感動を覚えたようでした。

 教科書で教わる火山等を例にした植物遷移が、実際どのように進んでいるのか、富士山では目の前で観察することができます。
 一方、その通りに進むのではないケースもたいへん多いのだということは、自然の中で、様々な自然の森林を観察してみるとよくわかります。
 大室山(標高1,468 m)は富士山腹の側火山の中で、一番大きな火砕丘で、比高は300 mあります。約3000年前、BC1300年頃の噴火で形成されたといわれています(図-3のSc-Omr,大室山方蓋山噴出物)。溶岩も流出したそうですが、大きな火砕丘はスコリアで形成されています。周辺には大室山よりも新しい噴火口も多くあり、付近で割れ目噴火等が起きると周りに溶岩流が流れることになります。青木ヶ原溶岩流もそのひとつです。地質図を見るとその様子がよくわかります(図-3)。

 最近は研究が進み、詳細な地形図(図-4)が作成されるとともに、溶岩流の成分や年代が細かく調べられており、噴火年代や各噴火による溶岩流の流れ、地形の分類なども進んでいます。その成果を反映した最新の地質図である、“富士火山地質図”が2016年に発行されています(図-3の引用元,高田亮・山元孝広・石塚吉浩・中野俊,産業総合研究所,2016)。
 これらの資料には、2002年に室内講座を、2003年2月l5-16日に伊豆大島の現地講座をご指導下さった千葉達朗先生(アジア航測株式会社)の業績がたいへん重要なものとして位置づけられており、特に青木ヶ原溶岩流の分類は火山地質図でも千葉先生達が調査した結果(千葉ほか,航空レーザ計測にもとづく青木ヶ原溶岩の微地形解析,富士火山,349-363p,2007など)が主要な情報として活用されています。千葉先生はレーザ光線を使った地形計測を可視化した「赤色立体地図(RRIM:Red Relief Image Map)」(図-4)の開発に携わっていて、山の自然学講座でお話し頂いたときはまだ名前のついていないこの地図を“内臓マップ”と仮に呼びながら、開発したての地形図を見せて下さいました。私たちは頂いたその地図を手に、青木ヶ原を探索してみたことも何度かあります。また、2016年には人気テレビ番組で、千葉先生に案内をしてもらいながら、ほぼ同じようなことをされていたので、懐かしく、また、嬉しく思いました。

 県道から歩き、大室山の斜面が見えてくると、少し風景が変わってきます。突然明るくなるのです。「ブナ広場」とも呼ばれているようですが、大室山の北麓付近の斜面には、天然林と考えられる落葉広葉樹林が見られます。ミズナラやイヌブナ、カツラ、ウラジロモミなどを中心に直径1 mを超えるような大木もある、広々とした美しい森に入ります。そのほか広葉樹で目立つのはアサダ、イヌシデ、キハダ、ブナ、ミズキなど、針葉樹はウラジロモミのほかツガ、ハリモミ、モミなどが見られます。イヌブナとウラジロモミは特に大きい個体が多いようです。これらは青木ヶ原溶岩流の上にはまだ見られない樹種ばかりです。当会が活動をしている南麓でも、目標植生でもあるブナ、ミズナラ混交林はスコリアが供給される立地では土壌が厚くなくても立派な森が見られますが、物理性がよい富士砂(=スコリア)が植物の生育に寄与していることも「富士山の森」の多様性に大きく影響しており、また、土壌・立地条件の大きな特徴のひとつでもあるようです。
 この、かつて大室山・方蓋山噴出物が覆っていて、針広混交林の森が広がっていたこの斜面下部に、865年頃に青木ヶ原溶岩流が流れ込んできたのです。そして、溶岩流の流れ込まなかった標高の高い斜面にはそれ以前から生育していた樹木が残ったと考えられます。青木ヶ原溶岩流が形成された貞観噴火の火口の位置は富士山頂に対してこの斜面よりも下部と、大室山よりも高いところにあり、噴火と溶岩流の影響は、北側斜面に当時あった森林が全滅するほど大きくなかったことが考えられます。
 この森は「広場」と言う呼び名がついているとおり広くて明るい印象の強い場所です。暗い樹海の針葉樹林から入る落差がそのように思わせる要因のひとつではありますが、もう一つ、下層植生がたいへん少ないことも広々とした印象を持つ一因となっています。大室山の山腹は大室山によるスコリア噴出物が堆積した斜面が続いています。斜面下部の青木ヶ原溶岩流との境界部は上部から流入して供給されるスコリアが堆積したと考えられる平地状のなだらかな地形となっています。大木の根元が全て埋まっている状態であること、土壌の生成が進んでおらず、落ち葉の下にスコリアが直接見えていることからも、スコリアの移動が現在でも継続していることが伺えます。

 富士山は新しい活火山であり、植生も比較的新しいので、立派な森林や高山植物はあまり見られない山だと思われがちですが、山体が大きくて、富士山中でも気象、地質や標高、斜面の向きなど環境条件が多様ですし、立地条件による植生の違いも豊富です。また、最深部は2,500 mに達する日本で一番深い湾である駿河湾から生み出される気温差、霧がたくさんの植物を育んでいます。そして豊かな湧水、植生、多様性のある環境が観察できます。もちろん火山活動と、一次遷移の様子も見られます。
 いろんな視点で見ることのできる、素晴らしいフィールド観察の場のひとつです。山の自然学クラブの活動でも、また観察しに行きたいと思います!

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富士山の樹海と大室山の天然林